※この記事は、旧ブログ(2017年10月掲載)を再編集したものです
こんにちは。
セラピストの寺尾美和子です。
思えば、社会人になってからエプロンばかり着ています。
そんな私の30年超の歩みを「エプロン」で振り返ってみることにしました。
どうぞお付き合いくださいね。
「みわこせんせい」だったころのエプロン
20代の頃、幼稚園で”みわこせんせい”だったとき

幼稚園教諭の頃は、白いエプロンが支給されていました。
首元はVネック
ウエスト部分が少しだけ絞られて
一昔前の看護婦さんのような清潔感があるエプロンでした。
ただ、白いので、汚れると目立ちましたね。
写真は、年少さんを担任していた当時、コスモス畑で女の子のお誕生日写真を撮った時のもの♪
一枚の写真を見返すだけで、いろんな思い出がよみがえります・・
写真が探せなかったけれど、
この後勤務した市の施設では、ピンクのスモックのようなエプロンが支給されていました。
秋冬のエプロンは長袖だったので、あたたかかったのを覚えています。
病棟保育士時代の仕事服も「エプロン」
そして、運命の職場。
病棟保育士の時。
※運命とは何か?
詳しくは「セラピスト紹介」をご覧ください

病院から支給されたものはありませんでしたが、自分でエプロンを用意しました。

プレイルームで、ちっちゃい子軍団と本を読んでいるところ。
この時、写真に写っているこのメンバー、み~んな3歳だったんです♪
私は年少さんの担任の気分です♪
通勤時に来ていた服は着替えて、仕事用の服、上下とエプロンを着ていました。
治療の過程で、免疫力が著しく下がってしまう子が多いので、外からの菌やウイルスを、なるべく持ち込まないように。

工作で”お弁当”を作って、病棟の中で”遠足”に行ったのも、大切な思い出のひとつ。
私が配属されていた小児内科病棟は、白血病などの小児がんの子の入院が多く、自由に病棟の外に出ることができませんでした。
だから、
病棟の中で、少しでも楽しみを見出せるように。
子どもたちが、ワクワクできるもの、こと、時間
を、いつも考えて過ごしていました。
この遠足も、
いつもの病棟内の廊下をみんなで歩いて、すみのスペースに敷物を敷いただけの”遠足”ですが
みんな大喜び!!
「えんそくに行こうか?」とプレイルームにいる子どもたちに声をかけると
「いく!!!」と一斉に返事が返ってきて、お片づけがめっちゃ早かった♪
みんなで、工作で作ったおかずやサンドイッチを、空箱に詰めて持って歩いて、
お弁当を食べるごっこ
おやつをわけっこするごっこ
で、ワイワイ楽しみ、ゲームや絵本を読んで過ごしました。

病棟には小さい子だけでなく、
小学生も中学生も、私が入ったころは高校生も入院していました。
なので、キャラクターが付いた、いかにも
「保育士さん」
という印象のエプロンは着ないように、工夫していました。
エプロンを着ないで働いていたのは、
名古屋の栄のど真ん中で事務の仕事をしていた2年間だけ。
あの時はヒールのパンプスにスカートで、憧れていたことが実現できた2年間だった・・・
セラピストになった時に選んだ仕事服も、もちろん・・
というわけで、私にとってエプロンとは、仕事服。
サロンを開くときも、自然と、無意識にエプロンを用意しました。

ベージュのエプロンは、初代のエプロン。
今は、2代目のローズピンクのエプロンを着ています。
明るい印象になりますし、ロゴによく似た色なので、選んでよかったです♪

ちなみに
家事をする時にはエプロンをしません。
邪魔に感じてしまいます。
そういう意味でも、私にとってエプロンは、完全に
仕事服
なのかもしれませんね。
私の大切な、相棒のひとつです。
